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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)126号 判決

アメリカ合衆国

12305、ニューヨーク州、スケネクタデイ、リバーロード、1番

原告

ゼネラル・エレクトリック・カンパニイ

代表者

アーサー・エム・キング

訴訟代理人弁護士

安田有三

同弁理士

生沼徳二

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

川上美秀

近藤兼敏

後藤千恵子

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成1年審判第6338号事件について、平成5年12月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1980年5月2日にアメリカ合衆国でした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和55年9月16日、名称を「耐コロナ性絶縁構造物及びその製法」とする発明につき特許出願をした(特願昭55-127335号)が、昭和63年12月14日に拒絶査定を受けたので、平成1年4月17日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、平成1年審判第6338号事件として審理したうえ、平成5年12月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成6年2月7日、原告に送達された。

2  本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

電気導体に良好な高温寸法安定性を有する耐コロナ性絶縁物を形成するにあたり、前記電気導体の少なくとも一部を独特のコロナ抵抗を付与する効果的量の5-40重量%の添加剤又は反応剤を含有するポリマー材料で被覆し、前記添加剤又は反応剤をオルガノアルミネート化合物、オルガノシリケート化合物、0.005~0.05ミクロンの粒度のシリカおよび0.005~0.05ミクロンの粒度のアルミナよりなる群から選択し、前記ポリマー材料は樹脂および熱可塑性フイルムよりなる群から選択されかつビニル樹脂を実質的に含まないことを特徴とする、方法。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願第1発明は、米国特許第3334063号明細書(以下「引用例」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)、特公昭49-19694号公報、特開昭49-22443号公報、特開昭50-66800号公報、特開昭52-68248号公報、特開昭54-38520号公報に記載された各発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないものであるとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、本願第1発明の要旨及び引用例の記載事項の認定は認める。

本願第1発明と引用例発明との一致点の認定は、両発明が「独特のコロナ抵抗を付与する効果的量の5~40重量%の添加剤を含有するポリマー材料で被覆し、前記添加剤はシリカである点で一致し」(審決書5頁19行~6頁2行)との点を否認し、その余は認める。

両発明の各相違点の認定及びこれらについての判断は、いずれも認める。

審決は、本願第1発明と引用例発明との一致点を誤認し(取消事由1)、本願第1発明が引用例発明とは異なる顕著な作用効果を有することを看過した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  一致点の誤認(取消事由1)

審決は、本願第1発明と引用例発明とが、「独特のコロナ抵抗を付与する効果的量の5~40重量%の添加剤を含有するポリマー材料で被覆し、前記添加剤はシリカである点で一致し」(審決書5頁19行~6頁2行)とするが、誤りである。本願第1発明は、シリカを配合することにより独特のコロナ抵抗を付与することを技術課題とするのに対し、引用例発明では、複数の成分の一つとしてシリカが配合されただけであって、このような技術課題を欠いていることを、審決は看過している。

すなわち、本願第1発明は、前示のとおり、「独特のコロナ抵抗」を有するものであるが、ここにいう「コロナ抵抗」(あるいは耐コロナ性)とは、コロナ放電(気中放電)による耐コロナ性絶縁物の破壊、すなわち、誘引破壊に対する抵抗力のことであり、このコロナ放電は、「装置間の開放空間(ギャップ)」あるいは「絶縁物(絶縁物を誘電体ともいう)自体の中に存在するボイド(気泡)と呼ばれる空間」に発生する。

そして、本願第1発明は、「0.005~0.05ミクロンの粒度」という特定粒度のシリカ(又はアルミナ)を使用することにより、微小粒子のシリカ(又はアルミナ)の鎖状粒子網を耐コロナ性絶縁物の樹脂中に形成し、耐コロナ性絶縁物自体の物質構造を変えてしまい、格別の作用効果である「独特のコロナ抵抗」を奏するものである。つまり、本願第1発明では、絶縁物中のボイド自体の存在は避けられないとしても、これらボイドを取り囲む絶縁物自体を鎖状粒子網にすることにより、耐コロナ性を付与するものである。

これに対し、引用例発明の耐コロナ性を付与する作用ないし機構は、各成分の組み合わせによるこれら成分の相乗効果として、コロナ放電の原因となる樹脂中のボイドを自己融合特性によって消失させるものである。すなわち、引用例発明の組成物は、ポリマー材料に対してゴム状粘着付与剤を加えて自己融合性(self-amalgamating character)という特性を付与してコロナ抵抗を高めることを主眼とするものである。他の成分であるタルク又はヒュームドシリカは、テープにする際必要とされる機械的強度である引張り強さ、伸びなどの機械的特性を所定の値にするために添加されるものであって、コロナ抵抗を高めるためではない。つまり、引用例発明には、コロナ抵抗を高めるためにヒュームドシリカをポリマー材料に添加するという技術思想は存在しない。

したがって、引用例には、本願第1発明の「独特のコロナ抵抗を付与する効果的量の5~40重量%の添加剤を含有するポリマー材料で被覆し、前記添加剤はシリカである」という構成は記載されていないから、本願第1発明と引用例発明が上記の点で一致するとした審決の前記認定は、誤りである。

2  顕著な作用効果の看過(取消事由2)

審決は、本願第1発明が、シリカの配合により引用例発明とは異なる耐コロナ特性に顕著な作用効果を上げたことを看過したものである。

コロナ放電が生じる開放空間を有する誘電体においては、空間に生じたコロナ放電によって誘電体に誘引される破壊現象があり、この現象に対する誘電体の強度は、誘電体自体のコロナ放電(誘電体自体の絶縁破壊)とは異なっている。すなわち、コロナ放電が生じる開放空間を有する高電圧装置における誘電体とか誘電体中にボイドがある場合、そのコロナ抵抗・寿命は、この空間のない誘電体自体の絶縁強度とは異なるものである。前者の抵抗・寿命は、後者の絶縁強度からは予測できない。このようにコロナ放電が起こりうる空間を有する場合、電気的には「空間及び誘電体の両者」からなる一つの絶縁物が電極間に介在していることと同じであって、この絶縁物の一部である空間にコロナ放電が発生すると、これによって誘電体にもコロナ放電が誘引され、両者からなる全体の絶縁物の破壊に進行するものである。

そして、本願第1発明の「独特のコロナ抵抗」とは、上記のコロナ放電が起こりうる空間に接する誘電体において、コロナ放電によって誘電体に誘引される破壊に対する抵抗であり、本願明細書に記載されたそのコロナ抵抗の測定方法は、誘電体に接する空間にコロナ放電を発生させ、このコロナ放電下で誘電体が破壊される(コロナ放電によって誘引される破壊)までの時間を測定するものである。その結果、本願第1発明は「針電極コロナ試験の破壊までの時間」において、添加剤なしのエポキシ樹脂の平均が25時間であるのに対し、ヒュームドシリカ又は沈降シリカの添加剤の使用により平均3900時間と、実に約150倍以上の驚異的増加を達成したものである。

これに対し、引用例発明の絶縁物は、自己融合特性を有しているので、同物質中にボイド(空間)はなく、またケーブルとも融和し密着するので、本願第1発明のようにコロナ放電が起こり得る空間に相当する領域は存在しないから、そのコロナ抵抗の測定方法は、引用例の記載によれば、ケーブルの回りに引用例発明の絶縁物のゴムテープを巻き付け、このテープ外表面と導線間に電圧を印加するものである。そうすると、引用例発明においては、「空間に生じるコロナ放電現象下での破壊までの時間」を測定したものではなく、引用例発明の絶縁物に直接負荷される電圧に対する絶縁強度(誘電自体のコロナ開始までの時間)を測定したものである。

したがって、本願第1発明と引用例発明とは、その測定されたコロナ抵抗の技術的意義も異なるものであるから、審決が、「本願第1発明が予期し難い効果を奏したものとは認められない。」(審決書8頁9~10行)と判断したことは、誤りである。

第4  被告の反論

審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

本願第1発明と引用例発明とは、添加剤がシリカである点で一致し、シリカとして両発明ではいずれもヒュームドシリカを用いている点一致している。また、両発明の実施例におけるベース樹脂は相違しているが、この相違によって組成物中においてシリカが異なる作用をする理由もなく、ヒュームドシリカという同じ添加剤を用いる以上、コロナ抵抗性の付与という同様の作用効果を有しているというべきである。

なお、本願第1発明の要旨では、「独特のコロナ抵抗を付与する効果的量の5~40重量%の添加剤を含有するポリマー材料」とされ、添加剤の作用効果を表明する記載があるが、各成分の作用効果の記載の有無によって組成自体を判断することは妥当でなく、同一の構成による部分は、作用効果の記載の有無にかかわらず、同一の作用効果を生ずるというべきである。

原告は、本願第1発明では、ポリマー材料中に特定粒度のシリカを均一に分布して鎖状粒子網を形成し、耐コロナ性絶縁物自体の物質構造を変えてしまうと主張するが、樹脂中にシリカを均一に分布し鎖状粒子網を形成することは、本願第1発明の構成要件とはされておらず、しかも、本願明細書の記載(甲第2号証9欄11~16行)によれば、シリカの粒度が約0.005~0.05ミクロンの範囲にあれば、ポリマー材料中に分布されると鎖状粒子網を形成するものと解されるところ、引用例発明においても、0.015~0.020ミクロンの粒子径をもつヒュームドシリカを用いているので、その点に構成上の差異はなく、ポリマー材料中で鎖状粒子網を形成しないとはいえないはずである。

2  取消事由2について

原告は、本願第1発明が耐コロナ特性という作用効果において驚異的改善を達成すると主張するが、引用例発明においても、本願第1発明と同様にコロナ抵抗を意図しており、そのコロナ耐性は1000時間を超え、耐久性に優れていることが示されている。しかも、そのコロナ抵抗の時間は、その時間で破壊されたことを示すデータではなく、少なくともその時間までは破壊されないことを示したものであるから、破壊に至るまでの時間はもっと大きいというべきである。また、本願明細書においては、3900時間以上でも破壊しないという効果が記載されているが、これは実施例において特定のエポキシ樹脂を用いたことによって得られたとも考えられる。したがって、本願第1発明が、引用例発明に比べて効果が予想できないほど格別優れているということにはならない。

重要なことは、引用例発明の組成物がコロナ抵抗を示すことが引用例に明示されていることから、当業者であれば、その記載から、その組成物がコロナ抵抗を持つものとして十分に使用可能であると判断するものと認められることである。特定粒度のシリカの作用効果を検討するまでもなく、組成物全体としてコロナ抵抗を認識できるのであるから、個々の成分の作用効果を検討することは必要ではない。

原告は、引用例発明のコロナ抵抗は、誘電体自体の絶縁破壊である絶録強度であるのに対して、本願第1発明のコロナ抵抗は、空間に生じたコロナ放電によって誘電体に誘引される破壊現象であるから、両者は異なる旨主張するが、引用例においても、誘電体の絶縁破壊強度すなわち絶縁耐力が、コロナ抵抗とは別に測定されており、絶縁強度とコロナ抵抗が異なる概念であることが明らかにされている。さらに、コロナ放電によらないものをコロナ抵抗というはずもないことから、引用例発明においても、コロナ抵抗と誘電体自体の絶縁強度は区別されている。

したがって、本願第1発明の顕著な効果を否定した審決の判断(審決書8頁9~10行)に、誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の誤認)について

審決の一致点の認定中、本願第1発明と引用例発明とが「独特のコロナ抵抗を付与する効果的量の5~40重量%の添加剤を含有するポリマー材料で被覆し、前記添加剤はシリカである点」(審決書5頁19行~6頁1行)を除く部分で一致することは、当事者間で争いがない。

本願明細書(甲第2号証)には、「電気導体用の絶縁体として用いられる誘電体は、導体および誘電体にコロナ開始電圧より高い電圧が印加されると、コロナが生じる結果として絶縁破壊する。・・・従つてコロナ放電誘引劣化に対して抵抗性である改良された誘電体が強く望まれている。・・・コロナ放電が起り得る開放空間を有する高電圧装置には、固体の耐コロナ性誘電体が特に必要とされている。導体と誘電体との間に厚さ約1ミル以上の空間が位置するか、誘電体自体にボイドが存在する場合、この要求は特に切実である。このようなギヤツプまたは空間が存在すると、誘電体の使用寿命は著しく短くなる。」(同号証3欄44行~4欄19行)、「従つて依然として、電気絶縁体として用いるのに成形加工が容易な耐コロナ性材料が求められており、またさらにコロナ作用を受けやすい誘電体を耐コロナ性材料に転化し得る添加剤も求められている。従つて本発明の主要目的は、種々の電気絶縁成形品に有用な耐コロナ性樹脂組成物を提供して待望久しい要求を満たすことにある。本発明が提供する耐コロナ性樹脂組成物は、ポリマー材料および約5~40重量%の添加剤を含有し、添加剤がオルガノシリケートもしくはオルガノアルミネート化合物、またはアルミナもしくはシリカいずれかの1ミクロン未満の寸法の粒子である。」(同5欄43行~6欄12行)、「本発明を実施するのに有用な樹脂には、例えばエポキシ樹脂、ポリエステル樹脂およびエステルーイミド樹脂がある。」(同6欄31~33行)、「アルミナおよびシリカは粒度が約0.005~0.05ミクロンの範囲にあるのが好ましく、これらは対応する塩化物または他のハロゲン化物の気相加水分解によつて得たり、沈降によつて得たりすることができる。これらの酸化物はポリマー材料中に分布されると鎖状粒子網を形成する。本発明に有用な気相から形成される酸化物粒子は、ヒユームド酸化物とも称される。商業経路で入手し得るヒユームド酸化物の代表例には、Cabot Corporationから商標名『Cabosil』(シリカ)および『Alon』(アルミナ)として製造販売されているもの・・・がある。」(同9欄11~25行)と記載されている。

これらの記載及び前示本願第1発明の要旨によれば、本願第1発明は、良好な高温寸法安定性を有するとともに、コロナ放電に対して絶縁破壊されにくい耐コロナ性絶縁物を形成することを目的として、エポキシ樹脂などからなるポリマー材料に、約5~40重量%の添加剤を含有させるものであり、耐コロナ性付与のために添加される添加剤は、オルガノシリケート若しくはオルガノアルミネート化合物、又はいずれも0.005~0.05ミクロンの粒度のアルミナ若しくはシリカとされており、この粒度のアルミナ又はシリカの酸化物は、ポリマー材料中に分布されると鎖状粒子網を形成することが開示されているものと認められる。そして、添加されるヒュームドシリカの代表例として、Cabot Corporation製の商標名「Cabosil」が示されている。

これに対し、引用例発明について、引用例(甲第3号証)には、特許請求の範囲(1)項に、「エチレンープロピレンゴム100重量部、ゴム様粘着付与剤30~40重量部、過酸化物系硬化剤約3~6重量部、有効量の前記過酸化物系硬化剤用抑制剤、メタクリル酸エステル系モノマー約1~5重量部、カーボンブラック約3~6重量部、ならびに微細に分割された板状タルク20~80重量部およびヒュームドシリカ20~60重量部より成る群の中から選択される充填材からなる電気絶縁材料。」(同号証訳文23頁16行~24頁5行)と記載され、開示の要約として、「大部分がエチレンープロピレンゴムであり、粘着付与剤、・・・を含む電気絶縁材料は、コロナ耐性を始めとして電気的・物理的特性が良好であることが特徴である。本発明は電気絶縁テープに係る。・・・望ましい物理的・電気的特性を有する自己融合性の電気絶縁・外皮用テープに係る。・・・本発明の主たる目的は、良好な絶縁耐力、良好な融合性、高い形状安定性と引張り強さ、および優れたテープ(形成)性を始めとする有益な物理的・電気的性質を特徴とする電気絶縁テープを提供することである。」(同訳文1頁下から6行~2頁11行)、「代替えとなる、燃焼シリカテトラクロライドから製造される微細に分割されたヒュームドシリカ充填材の典型例は、カボット社(Cabot Corporation)製の『キャブーオー-シル(Cab-o-sil)』である。」(同訳文5頁5~9行)と記載されている。

これらの記載によれば、引用例発明は、コロナ耐性を始めとして電気的・物理的特性が良好である電気絶縁テープを提供することを目的として、前示の各成分及びその構成比(重量部)を有するものであると認められ、その一成分として、エチレンープロピレンゴム100重量部等に対するヒュームドシリカ20~60重量部が開示され、そのヒュームドシリカの典型例は、本願第1発明と同じ、カボット社(Cabot Corporation)製の「キャブーオー-シル」(Cab-o-sil)である旨が示されている。

ところで、本願第1発明や引用例発明のような、二種以上の成分が全体として均質に存在し、一物質として把握される組成物については、その組成物が含有する成分及びその含有量と、各成分を含めた組成物の状態が特定されていれば、当該組成物としての特有の作用効果を奏することは、当然の技術常識といえるから、組成物に関する発明については、これら含有する各成分及び含有量と組成物の状態が特定されていることが必須とされるが、各成分の有する個別の作用効果やその作用効果の発生の機序がすべて明確にされている必要はないものといわなければならない。ただし、これらの組成物に関する発明を対比するについて、含有する各成分及び含有量と組成物の状態とともに、その用途が開示されている場合には、そのことによって発明の内容がより明らかとなることから、これをも含めて当該発明を比較検討すべきものということができる。

これを本件についてみると、本願第1発明と引用例発明は、前示のとおり、いずれもコロナ放電に対して絶縁破壊されにくい耐コロナ性絶縁物を形成することを目的として、本願第1発明においては、5~40重量%の0.005~0.05ミクロンの粒度のシリカ粒子が添加剤とされ、引用例発明においては、エチレンープロピレンゴム100重量部等に対するヒュームドシリカ20~60重量部が添加されるものであり、ヒュームドシリカが「0.015~0.020ミクロンの粒子径を有することはよく知られている」(審決書6頁19~20行)ことは、原告の認めるところであり、しかも、いずれの発明においても、添加剤であるヒュームドシリカの代表例として、カボット社(Cabot Corporation)製の商標名「Cabosil」を使用することが示されているものであるから、この点において、両発明は一致するものと認められる。本願明細書において、ヒュームドシリカがポリマー材料中で均一に分布し鎖状粒子網を形成するという作用効果の機序が記載されていることが、両発明の組成物としての一致点の認定を左右するものでないことは、前説示のとおりである。

原告は、本願第1発明では、ヒュームドシリカが絶縁物自体を鎖状粒子網にすることにより耐コロナ性を付与するのに対し、引用例発明のヒュームドシリカは、機械的強度のために添加されるものであって、コロナ抵抗を高めるためではないから、両者は相違すると主張する。

しかし、引用例発明においても、前示のとおり、ヒュームドシリカは、他の成分とともにコロナ放電に対する耐コロナ性絶縁物を形成することを目的とする成分であり、コロナ抵抗を付与するために添加されるものであって、機械的強度のみのために添加されるものとはいえないから、原告の上記主張は、その前提を欠き失当である。

したがって、本願第1発明と引用例発明が、「独特のコロナ抵抗を付与する効果的量の5~40重量%の添加剤を含有するポリマー材料で被覆し、前記添加剤はシリカである点で一致し」(審決書5頁19行~6頁2行)とした審決の認定に、誤りはない。

2  取消事由2(顕著な作用効果の看過)について

本願第1発明の有する作用効果について、本願明細書(甲第2号証)によれば、「針電極コロナ試験の破壊までの時間」、すなわち、誘電体に接する空間にコロナ放電を発生させ、このコロナ放電下で誘電体が破壊されるまでの時間を測定し、エポキシ樹脂への添加剤「ヒュームドシリカ」の有無による比較試験(同号証6頁表Ⅲ-A表)を行い、添加剤なしのエポキシ樹脂の平均が25時間であるのに対し、ヒュームドシリカの使用により平均3900時間という結果を得たものと認められる。

これに対し、引用例発明の有する作用効果について、引用例(甲第3号証)には、板状タルクを用いた実施例1として、表Ⅰに「絶縁耐力・・・1165v.p.m」「コロナ耐性・・・1000時間超」と示され、「この材料は、ケーブルその他の構造体の回りに巻き付けたとき、自身の圧縮力と自己融合特性によって融和して均一な塊になる。・・・有益な電気的特性のため、絶縁・外皮テープをたくさん使用したり多層にしたりしなくとも電力ケーブルおよびコントロールケーブルを接合することが可能である。また、150ボルト/ミルでのコロナ耐性は1000時間を超えるほど優れたものである。」(同号証訳文15頁下5行~16頁6行)と記載され、実施例3として、「板状タルクの代わりにキャブーオーーシル(Cab-o-sil)ヒュームドシリカを、エチレンープロピレンコポリマー100部当たり10部、20部、40部、60部、80部の量で使用した以外はすべて実施例1を繰り返した。」(同訳文18頁末行~19頁5行)とし、これらのまとあとして、「本発明の材料は塊状で成形用コンパウンドとして、一定の構造形状に成形するため、またはボイド(空隙)を充填するために使用することができるものと理解されたい。・・・絶縁耐力および誘電力率に優れている。また、これらの材料はその特徴として高温においても形状安定性が良好であり、・・・本発明のテープは融合性に優れているため、コロナ感受性のボイドがなく互いに密封することができる。」(同訳文22頁14行~23頁9行)と記載されている。

これらの記載等によると、引用例発明では、板状タルクを用いた実施例において、絶縁耐力とは別にコロナ耐性が少なくとも1000時間を超えるほど優れたものである旨が示されており、ヒュームドシリカを用いた場合のコロナ耐性の測定時間は明らかにされていないが、すべての実施例を含む発明の特質として、コロナ感受性のボイドをなくしたことにより耐コロナ特性が改良された旨が開示されている。そうすると、本願第1発明が、前示のとおり、ヒュームドシリカの添加の有無による耐コロナ特性の比較結果において、優れた作用効果を奏したとしても、その比較結果によっては、本願第1発明が、引用例発明に対しても格別顕著な効果を有するものと即断できないことは明らかといわなければならない。

原告は、引用例発明において、その電気絶縁物は自己融合特性を有しているので同物質中にボイドはなく、また、ケーブルと融和し密着するのでコロナ放電が起こりうる空間は存在しないから、そのコロナ特性は、「空間に生じるコロナ放電現象下での破壊までの時間」を測定したものではなく、絶縁物の絶縁強度を測定したものであって、本願第1発明とは技術的に異なっていると主張する。

しかし、引用例の上記記載によれば、引用例には、絶縁物に直接負荷される電圧に対する絶縁耐性とは区別されて、コロナ抵抗自体を示すデータが開示されていることは明らかであるし、また、絶縁テープ自体のボイドをなくすことではなく、導体と絶縁テープとの間におけるボイド(空隙)をなくすことが示唆されているから、いずれにしても原告の上記主張は失当である。

したがって、本願第1発明の効果が引用例発明に比べて格別優れているとは認められず、審決が、「本願第1発明が予期し難い効果を奏したものとは認められない。」(審決書8頁9~10行)と判断したことに、誤りはない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成1年審判第6338号

審決

アメリカ合衆国、12305、ニューヨーク州、スケネクタデイ、リバーロード、1番

請求人 ゼネラル・エレクトリック・カンパニイ

東京都港区赤坂1丁目14番14号 第35興和ビル4階 日本ゼネラル・エレクトリック株式会社、極東特許部内

代理人弁理士 生沼徳二

昭和55年特許願第127335号「耐コロナ性絶縁構造物及びその製法」拒絶査定に対する審判事件(平成3年5月8日出願公告、特公平3-31738)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ.本願発明の要旨

本願は、昭和55年9月16日の出願(優先権主張1980年5月2日 米国)であって、その発明の要旨は、出願公告された明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項および第10項に記載されたとおりの「方法」および「構造物」にあると認められるところ、その特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下、本願第1発明という。)の要旨は、下記にあるものと認める。

「電気導体に良好な高温寸法安定性を有する耐コロナ性絶縁物を形成するにあたり、前記電気導体の少なくとも一部を独特のコロナ抵抗を付与する効果的量の5-40重量%の添加剤又は反応剤を含有するポリマー材料で被覆し、前記添加剤又は反応剤をオルガノアルミネート化合物、オルガノシリケート化合物、0.005~0.05ミクロンの粒度のシリカおよび0.005~0.05ミクロンの粒度のアルミナよりなる群から選択し、前記ポリマー材料は樹脂および熱可塑性フイルムよりなる群かち選択されかつビニル樹脂を実質的に含まないことを特徴とする、方法。」

Ⅱ.引用例の記載

これに対して、当審において平成5年3月4日付けで通知した拒絶理由に引用された米国特許第3334063号明細書(以下、引用例1という)には、100重量部のエチレンプロピレンゴムと、30ないし40重量部のゴム状粘着材、約3ないし6重量部の過酸化物硬化材、効果的量の該過酸化物硬化材の抑制剤、約1ないし5重量部のメタクリルエステルモノマーと、20ないし80重量部の微粉細板状タルクと20ないし60重量部のヒュームドシリカからなる群から選ばれた充填材とからなる電気絶縁材料(クレーム1項)が記載され、該発明が電気絶縁テープに関するものであること(第1欄第18行)、該発明が耐コロナ性を含む電気び物理的特性により特徴づけられる電気絶縁材料の発明であること(アブストラクトの項)、および具体例として、Cab-O-Silヒュームドシリカをエチレンプロピレン共重合体100部に対して10部、20部、40部、60部および80部用いた材料(実施例3)が記載されている。

同じく、前記拒絶理由に引用した、特公昭49-19694号公報(以下、引用例2という)、特開昭49-22443号公報(以下、引用例3という)、特開昭50-66800号公報(以下、引用例4という)、特開昭52-68248号公報(以下、引用例5という)および特開昭54-38520号公報(以下、引用例6という)には、コロナ抵抗を付与する効果的量の添加剤または反応剤を含有する樹脂および熱可塑性フイルムよりなる群から選択されかつビニル樹脂を実質的に含まないポリマー材料が記載されている。

Ⅲ.対比・判断

先ず、引用例1の記載について検討する。

引用例1に記載された電気絶縁材料は、エチレンプロピレン共重合体を主成分とするポリマー成分と充填材等からなるものであるから、ポリマー材料であるということができる。又、電気絶縁テープは一般に、電気導体の少なくとも一部を電気絶縁テープで被覆することにより電気導体に絶縁物を形成するようにして使用されている。従って、引用例1には、電気導体に絶縁物を形成するにあたり、前記絶縁導体の少なくとも一部をポリマー材料で被覆する方法の発明が実質的に記載されている、ということができる。また、引用例1には、板状のタルクを用いる場合とともにヒュームドシリカを用いる場合の具体例が明確に記載されている。さらに、引用例1には、ケーブル用の接続テープという狭い概念の発明だけでなく、耐コロナ性を含む電気び物理的特性により特徴づけられる電気絶縁材料という広い概念の発明が記載されている、ということができる。

そこで、本願第1発明と引用例1に記載された発明とを対比すると、両者は、電気導体に耐コロナ性絶縁物を形成するにあたり、前記電気導体の少なくとも一部を独特のコロナ抵抗を付与する効果的量の5-40重量%の添加剤を含有するポリマー材料で被覆し、前記添加剤はシリカである点で一致し、(1)前者では、シリカの粒度を0.005~0.05ミクロンと規定しているのに対して、後者はシリカの粒度を具体的に明らかにしていない点、(2)前者では、ポリマー材料が樹脂および熱可塑性フイルムよりなる群から選択されかつビニル樹脂を実質的に含まないことを規定しているのに対して、後者はそのような規定をしていない点、および(3)前者では、良好な高温寸法安定性を有する絶縁物を形成しているのに対して、後者は絶縁物の高温寸法安定性について明らかにしていない点、で相違する。

次に、これらの相違点について検討する。

相違点(1)について:

引用例1には、前記のとおり、シリカの具体例と

して、Cab-O-Silヒュームドシリカが説明されているが、このシリカが15~20mμ、即ち0.015~0.020ミクロンの粒子径を有することはよく知られている(例えば、後藤邦夫編「プラスチックおよびゴム用添加剤実用便覧」第3刷、昭和52年4月1日、株式会社日本化学工業社発行、第539頁)ので、本願第1発明がシリカの粒度を0.005~0.05ミクロンと規定したことにより、引用例1に記載された発明と実質的に異なる発明を構成しているとすることはできない。

相違点(2)について:

電気導体にポリマー材料を被覆して耐コロナ性絶縁物を形成するにあたり、ポリマー材料としてビニル樹脂を実質的に含まないエポキシ樹脂や熱可塑性フイルムを用いることは引用例2~6にも記載されているように、本出願前当業者間によく知られているので、引用例1に記載されたポリマー材料に代えて、エポキシ樹脂等の樹脂および熱可塑性フイルムよりなる群から選択されかつビニル樹脂を実質的に含まないものを用いることは、当業者が容易に想到し得ることである。

相違点(3)について:

引用例1に記載されたポリマー材料に代えて、ビニル樹脂を実質的に含まないエポキシ樹脂等の樹脂又は熱可塑性フイルムを用いることが容易にできることは、前記のとおりである。そして、エポキシ樹脂が良好な高温寸法安定性を有することはよく知られているので、エポキシ樹脂を用いた場合に、良好な高温寸法安定性を有する耐コロナ絶縁物を形成することは容易に予測できることである。

そして、本願第1発明が予期し難い効果を奏したものとは認められない。

したがって、本願第1発明は、引用例1~6に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年12月20日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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